西村 高畑さんは、ご自身の作品を「クソリアル」と表現することがあるんです。
リアルには「リアリズム」と「リアリティ」があるじゃないですか。
高畑さんって、ある時期まではリアリズムを追求してきた方だと思うんですよね。
『おもひでぽろぽろ』なんかも、いろいろ整理はされてますけど
やっぱりリアリズムで描かれている。
でも、それから時を経て作られた『山田くん』は、リアリズムじゃないですよね。
あれはリアリティだと思うんですよ。

── そうですね。

西村 高畑さんとも話したことですけど、日本語でリアリティと言うと
リアリズムとあまり意味が変わらないんじゃないかと。
高畑さんが『山田くん』で求めたのは
やっぱり「実感のあるリアリティ」なんです。
そのものは本物じゃないかもしれないけど
「あっ、感じが出てるね」
「人間ってこうだよね」と思えるような、もっともらしさみたいな感じを描こうとしてますよね。
今回の『かぐや』もそうだと思います。


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そんな風にナレーションの第一声から一貫していないので、そんな作り手にリアリティがどうのと言われても真摯な印象が無い。
その割に竹が光るのどうのとクソリアルの方向性がおかしい。