かぐや姫の物語のテーマ性

捨丸みたいなヒーローとして描かれている人間が
いとも簡単に自分の家族、子供や妻や仲間を裏切って(かぐや姫と)どっか行きたいと思うんです

それは何かって言うと、10年ぶりに再開した懐かしい仲間やからと違って

今、目の前にいる、圧倒的に美しい女の前では
自分が持っている常識とか良識というのが壊れてしまうんですよね

これが罪なんですよ

美しいというものが、ここ世の中に存在してると言うことは
この世の中が辛うじて保っている
倫理とか、バランスとか、摂理みたいな物をトコトン崩してしまうと

で、それを高畑勲は、あっさりと描くんですね
まるで、二人の切ない恋愛みたいに描くんですけど

此処でやっている捨丸の、今まさに自分の子供や妻を棄てようとしている良心の呵責みたいな物はカケラも見せないで

かぐやもそれに対して、何ら罪悪感を感じない
知らんからというのもあるんですけど、罪悪感を持たない

で、それ以前に実は、数年前に、3年ほど前かな、
1日だけ再会したときがあって、

それはかぐや姫が、えーかげんお嬢様みたいな教育受けて、お姫様になって、牛車に揺られて都の街を行ってると
そこに偶然にも鶏泥棒している捨丸を見つけたと