んー、オープンエンドとは言えそこには意味があると思ってる

人からラスト後二人の行く末がどうなったかを問われる。
具体的な絵図なら、OP直前が結末かもなあと人に答える
そして、作り手は解答例を先に示してきている。と、今ならそう付け加えるね
通常、結末はラストに入れろよ、となるが、そうではない
この配置は無視しても良く、反対に本編後の二人の姿と想像する事もまた自然だと思う

>アバンは想像を喚起させる緩い繋がりで、むしろラストの余韻を縛らないもの
これに、答えよりもプロセスと設問を重視している。との言を接げる

あえて先に示された解は物語の一つの可能性。全てではないということ
もしも世界の崩壊。二人は別れ、現実を受け入れるのだった
本当に可能性を掴むという事は、現実の中での意志の力でしかなし得られない
自分の力で悩み、答えを見つける。それは難しい事なのかも知れない
だが、なずなは言う「次ぎ会えるのどんな世界かな」
…やがて映画は終わり、席を立つ。ふとタイトルパネルの文字が目に入る
それらは「”あなたならどうしますか?”」と問うているのではないだろうか

打上花火。残響とその奥になずなと典道の意志を見る
それは観る人自身が持つ、拓かれた可能性と同義である
ゆえにオープンエンドなのだ