歳取ると若い時吃驚するくらい怖いと思ってた死というか個の消滅を有りと思ってる瞬間にいつか気付くのよ
それは別に成長とか達観出来たとかでは多分なくいざ死ぬとなりゃ怖くないわけないのだがね
それは単にそういう思考が個体としてもあり得るという以上でも以下でもなく単にそう

思うに映画化におけるそういう個としての生の視点への配慮が家族の再生であり日常への生還なんだろね
俺も今言われて気がついた訳だけど確かに見様によっては相対的に無価値みたいに誤解する余地はあるから

マクロの視点とミクロな物語の間にリンクとか相関がないというのは全くその通りで間違いなく
実際その二つの間にそんな都合のいいものはねぇだろうと常識的に考えたら思う
ただせいぜい言葉にできない宇宙の秘密並みに言葉にできない自分の物語にも意味も価値もあるって程度で