「天気の子」新海監督と川村プロデューサーインタビュー「バッドエンドの作品を作ったつもりは一度もない」
https://mainichi.jp/articles/20190723/k00/00m/040/210000c

―「天気の子」を見た観客にインタビューしたところ、主人公たち2人の決断を
「納得ができる」「さわやかな鑑賞後感だった」という意見が目立ったし、
私もそう感じた。

―製作過程で川村元気プロデューサーからの提案があったり、川村さんとして
 意識されたりしたことは?

川村プロデューサー:
本当、インターネット上をはじめ、僕に対する誤解がひどくて(笑い)。
新海さんのファンは、新海さんがいつもバッドエンドをやっていて、ちまたでは
「鬱エンディング」なんて呼ばれているのですけれど、「君の名は。」のときは、
僕が無理やり変えさせたと誤解されています。

でも本当は、新海さんが書いた最初のプロット(初期段階の構成を書いたもの)の
時点からハッピーエンドでした。

新海監督:
でも、ちょっと陰謀論めいたものって、すっきり説明してくれるから、世の中に
好きな人は多いですよね。「こういう理由があったからこうなったのだろう」という(笑)。
例えば、現実の世界でもアメリカの月面着陸はなかったとかって話があるじゃ
ないですか。映画製作においても、いわゆるプロデューサーのゴリ押しとか企業の
ゴリ押しとか、東宝による方向性の強制とか、僕の映画に限らずいろんなことを
そういう言葉で作品なり映画を説明したくなる人ってとても多い。
僕は、それも含めて娯楽だと思っています。楽しくいろんな推測してもらえれば
いいと思っています。

でも、現実の現場というのは2〜3年ほどその作品に費やすのですから、それなりに
純粋な気持ちや、強い初期衝動とかがないと最後まで走りきれないと思う。
映画は1人で作るものではなく、何百人が関わるチームで作る。そこに、
「プロデューサーのゴリ押しでこのキャストにしました」
みたいなことやったら、アニメの絵を描くスタッフは100人くらいに上りますが、
彼らが付いてくるかというと、気持ちはそこで離れてしまいますよね。

陰謀論めいた、「何かの圧力」「何かの強制」のようなものは、僕たちの作品では
ほとんど事実無根です。僕以外のいろんな作品でも、現実の現場というのはもう少し
ピュアな気持ちを原動力にして動いていると思います。
そうでないとなかなか走りきれないものです。

川村:作品がハッピーエンドか、バッドエンドかということよりも、この映画が
最終的に世の中にかけられたときに、どういうふうな気分になるか、人々の気持ちに
響くのかと、ということはとても議論しますね。結末がバッドかハッピーかサッドか、
ってことよりも、みんな(観客)は、何を言ってほしいのかということを
「天気の子」では特に一番時間かけて議論しました。