天気のテーマ読み取れずに批判してる連中が多いな。

まずこの映画が子供目線(=社会システムに順応させられる前)と大人目線(=常識人)の二つから描かれてんのはわかるよな。

前者目線だと生きる世界は変えられるし、選択肢は自分で選べる。

後者目線だと世界は変わらない。人生の選択肢は自分では選べない。もう大人になれ。社会の期待に応えるために生きろ。

前者目線は主観的で主人公。後者目線は客観的で大人(= 自分が社会の客体としてモブの一人になる)。

この映画を客観的(大人目線)にみたら世界は変えられない。人生の選択は変えられない。だが帆高(子供目線)の主観では自分が世界に影響を与えたと思っている。

須賀や立花のおばあちゃんのような客観的な大人視点で見ると 「元に戻っただけ」、「元から狂ってる、世界を変えたなんて思い上がるな」となる。この映画で起きた出来事はぜんぶ、自然のあるがままで実際には何も起こってない。子供がバカな妄想してるだけ。

でも帆高は、「おまえ一人では世界を変えられない。思い上がるな」「人生は変わらない。やりたいこと抑えて社会の期待に応えて生きろ。」「もう大人になれよ少年。」

────このへんの言葉に影響され、それを信じかけるも、ぜんぶ最後に否定する。ちがう、俺たちは世界の姿を決定的に変えてしまった。選択肢はぜんぶ自分の手にある。この世界の主人公は俺たちなんだ、と気づく。


このプロット分かった上で全編見直せば、トリックがめちゃくちゃあることに気づく。