茸のどの辺にそんな同調や協調圧力の不自由さからの解放なんてテーマが隠されてたのか、俺には全く理解できんが
小説版とかにその手の青いテーマが丸々書いてあったりするんだろうか?
例えば小説版やスピンオフで信者に向けて書いた檄文を映画見た人間が全員見る義務なんて発生しないし
映画見ただけで伝わらないならそれはそれで新海の映像作家としての資質ってどうかと思うわけだが