新海は今回「なぜそうしたか」ではなく「どうしたいのか」についてフォーカスしたから、こういう脚本になったんだろう
描きたいものがまず先にあって、それをなぞるように物語を作っているという感じ
だから基本的に登場人物は操り人形で、その心情は観る側に委ねられている
それでも普通は緻密な人間観察による知見から人物を練り上げていこうとするものだが、新海はそれよりも描きたいもの優先だったということだ