>>198
決めるのは勿論監督だけど、プロトカルチャーとかいたらしいね程度の存在では全然無くない?

プロトカルチャーが滅んだ二の舞になるべきではないが文化と争いは切り離せない、ではどう生きるべきか、って話の中でプロトカルチャーの真実は描かず考察に委ねるのも一つの在り方だけど、
それがいたらしいね程度で良いからチラ見せすら邪魔となると作品の意義とすれ違ってくるのでは