要石や閉じ師をシステマティックに考えてるから誰の責任かという話になるのか
最後の祝詞にもあるけど要は神様へのお願いに過ぎないから抗えない自然との共存という話だと思うんだけどこういう捉え方ってもう難しい時代になっちゃったのかな