天気の子で言えば理不尽な押し付けによる犠牲をぶち壊して先に進む人間に対する共感を得たかったわけだし
すずめの戸締まりで言えば超常的な神様と言うかたちで元々犠牲の任を続けていたものに対して
もっと思慮を至らせようという思いだったはずだ
別に両者を対立構図が逆転した矛盾作などと解釈する必要は無いよ