>>982
ほぼほぼ共感できるよ
ただし、例えば、

>そうさせたのは鈴芽の言葉であり、鈴芽をそう言わせたのは草太の言葉や行動でもあるし、人の思いや行動は連鎖していくものだから

その「人」の中にダイジンはもう入ってないよね
江戸時代の震災孤児で、もう人外になってるので、想いや行動の連鎖には加われないというのは、物語のありようとして、極めてビターではあるけれども、俺は受け入れていないわけではないよ
もともとビターテイストが真骨頂の監督だし

その、人と、人ならざるものになってしまったモノと、心が通わない
その苦さ自体は俺は受け入れ可能なんだよ
でも311の...ってこと

安政と平成の大震災の孤児
おそらくね、新海監督は今回、そのすれ違いをビターに描くことを主眼に置いてるわけではないと思うんだ
ダイジングッズの売り方を見ても
可哀想でしょ?可愛いよね?お買い求めください的なね
そこは今回、実際の震災を扱ったんでなければそこまで不愉快ではなかったと思う
お涙頂戴の度がすぎるし、監督がどう言おうが、震災の商業利用という言われ方をしても仕方ない出来に、映画自体がなっちゃってる
俺はそう思いますよ