>>50
うーん、でもIGNのレビューでも細田の世界観の本質は極めて酷薄と語られてるんだよね。
以下引用


細田監督は夏の大作アニメを任され、宮崎駿の後継者などと煽られる、社会的には「明るい超大作」を描ける作家として、
「いつも青空が印象的なアニメを作る」と周りから期待されてきた。

だが僕にとって、細田監督の映画に本性が映るのはいつも日の光がさえぎられる時だ。曇天や雨、あるいは閉鎖的な家や室内
のシーンに本当の彼の心があるように感じてきた。それが社会的な期待のなかで常に押さえこまれるせいで、登場人物の行動
原理がはっきりしない脚本に行きつくのではないか。

『おおかみこどもと雨と雪』でもっとも印象深いのは、雨の中で、夫のおおかみがゴミ収集車に無常に放り込まれるシーン
だった。『バケモノの子』(2015)では日本の現実社会で育たなかった主人公が画面外で人間を叩きのめす時だし、『未来
のミライ』(2018)では父親がどこまでも息子を無視しているシーンだった。

つまり本当の細田監督の世界観には、他者との共感がどこまでもありえないという酷薄なものがあるように思えてならない。

彼の本性を考えるにおいて『ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』(2005)はわかりやすいだろう。原作
漫画が友情や仲間たちと冒険するものなのに、徹底して仲間割れを描いた。彼自身が原作の世界のような仲間との共感をまるで
信じることがなかった。

当時は『ハウルの動く城』降板の影響からダウナーな内容になったと噂された。しかし後の作品でも酷薄さがここまで見える
ということは、おそらく本性である。だがそれは監督の社会的な立場によって押さえこまれることで、常に脚本は破綻をきたす
のではないか。

僕は細田作品の他者との共感が存在しない残酷な一瞬を観るたびに、本当はミヒャエル・ハネケ監督に近い作家なのだと思って
いる。だがその本性はあまりに残酷で、夏休みの超大作にふさわしくはないのだろう。

細田作品に感じる座りの悪い不満とは、単なる脚本の不備だけじゃない。他人への想像力や共感というものが欠落した残酷な
世界観を内包していることにあり、酷薄さをじわじわと感じるからである。

その酷薄さを、「夏休み大作アニメ」の建前で押さえこむことで不満を倍増させてきた。これまでは家族愛みたいな建前によって
不満はふくれあがった。今回は中村佳穂やmillennium paradeの音楽やさまざまなクリエイターとのコラボによって不満は隠れた
かに見えるが、実質的には映画の売りとなる建前を豪華に仕上げただけにすぎない。監督が心のブレーキを解き、伸びやかな
物語を見せることはなく、彼自身が心の内に抱える残酷な世界観の残骸だけがある。