宮崎さんは手塚先生のようにだけはなりたくない。サンライズ作った人らも手塚先生のようになりたくない。製作委員会方式でアニメ作ってる人らは手塚先生のようにみんななりたくない。損失出したくない。お客さんもそう。外れ映画観て1800円の損失出したくない。みんな人生の企業主義で動く。手塚先生のようなクルクルパーは中々いない。だから肩書きは大事になる。でもそういう人生にみんな資本主義社会の中で疲れる。だからどこかで手塚先生のような情熱に人生の最後は焼かれたいって思う。みんな最後は火の鳥の炎に焼かれたいんだよ。この企業主義の人生を裁いて欲しいわけよね。でもそんな火の鳥は人生に現れない。誰もが自分が火の鳥になろうとしないんだから。そういう社会なんだから結局はね。肩書きってのはホントに大事なんだよ。だから肩書きってもんで宮崎さんの作品売れようが声優さんらが仕事得ようがなにも馬鹿にされることじゃないよ。そういう社会をひとりひとりが作った結果がこの企業主義を選んだ社会なんだからね。