多分に主人公の「若気の至り」を描いた作品である天気の子において、須賀は主人公の手本であり反面教師でもある大人である。
ストーリー上における彼の存在意義は「一人の大人の人生のサンプル」であると言える。

確かに須賀は「迷い悩む大人」として描かれている。であれば迷い悩む大人のドラマには必ずしも答えや解決が伴う必要はない。生きるという事は迷い悩むことであり、人は誰も皆迷い悩む大人になるのだ。

自分が子供である事を自覚した主人公が自らも「迷い悩む大人」になる事を受け入れようとするこの物語には、そもそも
「『迷い悩む大人』をキチンと回収できるなら描いてもいいが、『天気の子』ではそれに至っていない」などという問題点は物語の構造上存在し得ないのである。