事故直後同志社国際高校の校長が真っ先に連絡を取ったのが玉城デニー知事だった
辺野古抗議船の体験ルートを知事に勧められたことを話してもいいかどうかの確認だったのだろう
それを否定されて抗議船ルートの選択が教育基本法違反と文科省から指摘を受け、言い訳する事も叶わず、批判を一身に受けることになったとしたら校長も被害者だったのかもしれない
文科省がさらに校長にルート選定経過を追求し続ければ真実を吐露するかもしれない