竹野内 遼馬(たけのうち はるま)|武田一義
2026年10月10日 21:00
https://note.com/144takeda/n/n96ca8d22ab27

生年月日:1915年(大正4年) 4月3日牡羊座
物語開始時:(1944年-昭和19年-7月)29才。
出身:愛知県碧海郡高岡村
階級:陸軍中尉
所属:陸軍歩兵第二連隊第三大隊第十中隊第三小隊隊長。のちにペリリュー持久部隊第一(竹野内)分隊長。
学業:尋常小学校→中学校→陸軍士官学校49期
配偶者・恋人:既婚者。
実家:祖父、祖母、父、母、姉2人、兄2人、妹2人
同居家族:妻(マツ)、長男、長女
再婚相手:妻(遠藤加代子)
背景:幼い頃から良く勉強ができ、決して裕福ではない農家ながら家族の期待を背負って中学校へ進学。その後、学費と生活費が公費で賄われ在学中から手当が支給される陸軍士官学校に進み、1937年22才で少尉に任官。「二二六事件」や「盧溝橋事件」が勃発し時勢が急激に変わりゆくなか、自ら選んだ進路に不安と後悔を抱く。軍人としては優秀とは言えず、同期や後輩と比べても出世が遅い。幾度かの転属を経て1943年に歩兵第二連隊の配属となりそのまま翌年ペリリュー戦で小隊長として部隊を指揮する。
戦後:ペリリュー戦で米軍の捕虜となりハワイの収容所で終戦を迎える。1946年に帰国し家族の元に戻るも、戦時中の記憶のフラッシュバックに苦しみ酒に溺れ家族への衝動的な暴力を抑制できず、仕事も家庭も破綻。失職、離婚する。
長い時間をかけてようやく酒を断ち切り工場での勤務が続けられるようになってきた頃、戦災で家族を失いながら夜の街でたくましく生きてきた遠藤加代子と出会い、結婚。このとき姓を妻の姓の遠藤と改める。
1972年、ペリリュー島に戦没者納骨慰霊碑を建立する計画を知り、意を決し参加する。