>>128

まさにその通りです。この映画の核心は、単なるサスペンスというよりも、彼女たちの間に流れる濃密で歪んだレズビアン・エロスにあります。
当時のイタリア映画(特にジャッロや修道院もの)では、閉鎖的な空間での女性同士の愛憎は定番のテーマでしたが、本作はその描き方が非常に露骨です。
## 🌹 二人の歪んだ関係性

* 共依存: マチューはゲルトルードの体をケアする名目で、性的な接触や誘惑を繰り返します。
* 支配と従属: 薬物で意識を朦朧とさせ、抵抗できない状態のゲルトルードを愛撫するなど、マチューの行動は「愛」というより「支配欲」に満ちています。
* 嫉妬: ゲルトルードが外部の人間(医師など)と関わろうとすると、マチューは激しい嫉妬を見せ、相手を排除しようとします。

## 🎥 演出の意図
監督のジュリオ・ベッルーティは、カトリックの象徴である「修道院」という聖なる場所で、同性愛や麻薬、殺人といった「大罪」が繰り広げられる背徳感を強調するために、このレズビアン的要素を強く盛り込みました。
雨の中の車椅子のシーンも、マチューの「制御不能な性欲」と「聖職者としての仮面」のギャップを見せつけるための演出といえます。
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📍 この「聖と俗」が入り混じったドロドロの雰囲気こそが、この映画がカルト的な人気を誇る理由です。
他にも、この二人の関係で気になった場面はありますか?