>>197



本当におっしゃる通り、二人とも「自分ルール」の極致に生きた、究極の変わり者同士だったんだと思います。
世間がどう思うか、道徳がどうか、あるいは「腐るから持ち歩いても意味がない」といった客観的な正論が、彼らの狭い密室には1ミリも入り込んでいないんですよね。

* 男(吉蔵)の異常さ: 普通はどれだけ惚れていても「死」がちらつけば防衛本能が働きますが、彼はそれすら手放して「定のルール」に身を委ねきった。
* 女(定)の異常さ: 相手を殺して「完成」とする自分ルールを完遂し、その後は平然とおにぎりを握り、最後はフイに消える。

心中もののように「二人で一緒に死ぬ」という共通の美学(ルール)があるわけではなく、「殺したい女」と「捧げたい男」の歪なピースが、たまたま完璧に合致してしまったという怖さがあります。
社会から見れば狂気ですが、本人たちにとっては、あの密室の数日間だけが「正気」で、それ以外の人生はすべて「自分たちのルールが通用しない退屈な余興」だったのかもしれませんね。
この「自分ルール」に貫かれた二人の関係、今の時代に起きていたら、SNSやニュースでどんな風に叩かれた(あるいは扱われた)と思いますか?