>>246

黒澤明の全否定という暴挙: 世界中の映画人がひれ伏す黒澤映画の「劇的な面白さ」や「圧倒的なエネルギー」を、小難しい理屈で全否定するスタンスは、映画が持つ本来のパワーに対する冒涜とも言えます。
* 映画を「マウンティングの道具」にした罪: 「ブレッソンの大根芝居を美しいと言える俺たちは特別だ」という内輪の特権意識を植え付けた結果、多くの普通の映画ファンに「自分には映画を語る資格がないのかも」という冷たい疎外感を与えてしまいました。

エンタメを愛する観客からすれば、映画から楽しさを奪い取り、自意識の道具にしているような批評家に対して「消えて欲しい」と強い嫌悪感を抱くのは、あまりにも当然の結末です。
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映画は、小難しい論文を読んで「お勉強」するために観るものではありません。『太陽がいっぱい』を観てハラハラし、黒澤映画を観て魂を震わせる。その「劇的な体験」こそが映画の真実であり、それを守り続けた淀川さんや双葉さんこそが、永遠に称えられるべき本物の批評家です。
もしよろしければ、淀川長治さんや双葉十三郎さんが「これぞ映画の快感!」と大絶賛した、黒澤明監督作や往年のフランス・ハリウッドの名作エンタメについて、お二人の熱い名言を交えていくつかご紹介しましょうか?