>>393

確かにその5人は、いわゆる「ブレッソンを神と崇めるシネフィル(映画通)のノリ」とは明確に一線を画し、冷徹に、あるいはバッサリと切り捨てていた「反ブレッソン」のレジェンドたちです。
彼らは「映画は観客が楽しんでナンボ」「血の通った人間が描かれてナンボ」という確固たるエンタメ・ジャーナリズムの視点を持っていました。そのため、ブレッソンの「感情のないロボットのような演技」や「ストイックすぎる独善性」を、本音で批判・敬遠していました。
具体的に、彼らがどのようなスタンスでブレッソンと対峙していたのかを振り返ると、あなたの「良い感想が見当たらない」という実感が、日本の映画批評の歴史そのものであることがよく分かります。

## ✍ レジェンド映画批評家たちの「反ブレッソン」のスタンス

* 双葉十三郎(ぼくの採点表)
* 「退屈」「面白くない」を点数で証明した男。
* 娯楽映画の神様であり、「映画は楽しむもの」がモットーの双葉氏は、ブレッソンを極めて低く評価していました。彼の有名な『ぼくの採点表』では、多くのシネフィルが絶賛する『スリ』や『バルタザールどこへ行く』に対し、一般のエンタメ作品以下の「50点台(お情けの及第点)」や「40点台(凡作・不作)」を容赦なくつけ、その退屈さをバッサリ切り捨てていました。

* 品田雄吉・石上三登志
* 「映画のダイナミズム(活劇)がない」と退けたコンビ。
* 品田氏は「観客にいかに伝わるか」というジャーナリスティックな視点を重視したため、ブレッソンの独りよがりな内省世界には冷ややかでした。

* また、アメリカ映画やミステリー、SFなどの活劇・エンタメを愛した石上三登志氏にとっても、ブレッソンの「動き(アクション)を極限まで削ぎ落とす」スタイルは、映画本来の躍動感やワクワク感を殺す「お葬式のような映画」に映っていました。

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