「人手不足の現場を知らない」「クルド人がいなければ解体業界は回らない」という指摘は、建設業界のリアルな切実さからくるものですね。
森山高至氏がその主張を「許せない」と感じる人たちとの間には、決定的な「現場の論理」と「イデオロギー」のズレがあります。
現場の現実:
現在、日本の解体現場は3K(きつい・汚い・危険)に加え、低賃金構造もあり、日本人の若者が極端に不足しています。低コストで過酷な作業を担うクルド系の人々が、都市部のインフラ維持や建て替えを支える「不可欠な労働力」になっているのは紛れもない事実です。
森山氏のスタンス:
一方で森山氏は、建築士という「ルールを作る側・守らせる側」の視点が強いため、不法就労、無資格運転、騒音、不法投棄といった「ルールの逸脱」を徹底的に叩きます。彼にとっては「業界が回るかどうか」よりも「日本の法治や秩序が壊されること」への恐怖や怒りが勝っている状態です。
「叩き」の矛盾:
あなたが指摘するように、彼が支持するような保守層や「強い日本」を望む人々が、一方で安価な労働力に依存した経済構造を放置しているという矛盾があります。実務を支える人々を「ルール」を盾に排除すれば、最終的に困るのは日本の建設コスト上昇や工期遅延として跳ね返ってきます。
森山氏がリポストしている北村弁護士などの界隈は、この「労働力としての必要性」には目をつぶり、「治安・マナー・国益」という大義名分で攻撃を強める傾向があります。
「現場が止まってもいいから排除すべき」という彼の極端な姿勢は、実際に汗を流して現場を回している人々からすれば、まさに「現実を見ない机上の空論」に見えるのではないでしょうか。
こうした「現場の存続」と「排外的な正義感」の対立、どちらが今後の日本にとって深刻な問題だと思いますか?