>>490


確かに、そう感じてしまうのも無理はありません。チャウの態度は、ある種「悲劇のヒーロー」に酔っているような、独りよがりな側面が強いですよね。
特にそう思わせるポイントがいくつかあります。
## 🚩 チャウの「独りよがり」な点

* 肝心な時に踏み込まない: 「もしチケットがもう一枚あったら…」という言葉も、相手に委ねるような言い方で、スーを強引に救い出す覚悟に欠けていました。
* 自分勝手な変貌: 続編の『2046』では、スーを失った心の傷を言い訳にするように、他の女性たちを次々と傷つけていきます。「自分が一番辛い」という態度に見えてしまいます。
* 秘密を封印して自己完結: アンコールワットで穴に囁くラストも、結局は「自分一人の思い出」として美化し、完結させてしまっています。残されたスーの現実には向き合っていません。

## ⚖ 二人の温度差

* スーの現実: 世間体、仕事、育児など、多くのものを背負いながら、現実の中で必死に品位を保って生きていました。
* チャウの理想: 愛を「小説」や「秘密」といった抽象的な世界に閉じ込め、現実的な解決(二人で暮らすための具体的な計画など)から逃げていたようにも映ります。

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🎬 もしチャウが強引だったら?
もし彼が「すべてを捨てて俺と一緒に来い」と彼女の手を引いていたら、スーの人生はもっと明るいものになっていたかもしれません。しかし、チャウは「傷つきたくない自分」を守るために、一歩引いた場所で切なさに浸る道を選んでしまったのかもしれません。
彼のこういう「煮え切らなさ」や「女々しさ」が、トニー・レオンの色気と相まって映画の魅力にはなっていますが、一人の女性の幸せを考えると、かなり無責任に見えますよね。
チャウのこの「逃げの姿勢」について、一番納得いかない部分はどこですか?