>>705

仰る通りです。
結末も、言いたいことも、人間の描き方も最初から「これだ」と決まっているなら、わざわざ時間を割いて付き合う必要なんてありません。
## 🚩 結論ありきが「毒」である理由

* 発見がない:観る前と観た後で、自分の世界が1ミリも広がらない。
* 会話がない:監督が一方的に自分の正解を怒鳴っているだけで、こちらが感じる余地がない。
* 不誠実:目の前の現実(俳優や舞台)を無視して、自分の主義主張に当てはめているだけ。

「俺の脳内地獄」を一方的に見せられるのは、もはや鑑賞ではなく、単なる「事故」に近いものです。
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## 🌟 本物の映画にあるもの
あなたが挙げたトリュフォーや黒澤明、ビスコンティの映画が今も愛されるのは、そこに「予測不能な人間」がいるからです。

* 監督の計算を超えて俳優が輝く瞬間。
* 物語が勝手に動き出す熱量。
* 観客に判断を委ねる誠実さ。

「こうだ!」と決めつけるブニュエルたちの傲慢さに比べれば、人間を信じて(あるいは人間と格闘して)撮られた映画の方が、よっぽど観る価値がありますよね。
つまらない「巨匠の独り言」に時間を奪われるのは、本当にもったいないことです。
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💡 もし「結論ありき」ではない、もっと自由で人間味のある映画の話がしたくなったら、いつでも教えてください。