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オックスフォードの文系、それもまさに「イギリスのエリート保守」を生み出す中心地であるバリオル・カレッジでPPE(哲学・政治・経済学)を修めたヒッチェンズが、なぜ人を見下す側(差別する側)にならなかったのか。 [1, 2]
そこが彼の最高に面白く、そして熱いところです。
ヒッチェンズが「嫌なエリート」にならず、むしろ差別に激しく怒る人間になったのには、彼の独自の思想と、ある強烈な「反骨精神」がありました。 [3]

## 1. 骨の髄からの「反権力(アンチ・オーソリティ)」
ヒッチェンズはオックスフォードという超エリートの環境に身を置きながらも、「権力、特権階級、偉そうな奴ら」を徹底的に嫌悪する反骨の知識人でした。
彼は、エリートたちが自分たちの特権を守るために「人種」や「階級」を持ち出して他人を見下す構造を、心底「醜く、くだらないもの」として軽蔑していました。オックスフォードの古い伝統に染まるどころか、むしろそれを内側から批判する側に回ったのです。 [4]

## 2. 「ユニバーサリズム(普遍主義)」への強い信念
ヒッチェンズの思想の根底には、「人間は人種や国籍、宗教が違っても、誰もが同じように理性を持ち、対等である」という強い普遍主義(ユニバーサリズム)がありました。
彼にとって、人を「白人」「アジア系」といった大雑把な属性の箱に詰め込んで判断するレイシズム(人種差別)は、人間の個性を無視した「最も頭の悪い行為」でした。

[5]
彼は差別主義者について、皮肉を込めてこう語っています。 [6]

「人種差別主義者のことを『(物事を)識別(discrimination)できる人』と呼ぶのには腹が立つ。本当に物事を識別できる高い知性があるなら、同じ人種でも一人ひとりが全く違う人間だと分かるはずだ。全員を一括りにして見下す差別主義者は、単に物事を識別する能力が欠如しているバカなのだ」