高評価な人

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僕自身としては、鑑賞直後にもツイートしましたが、この作品は『本気で誰かに復讐したいと思っている人へのメッセージ』として受け取りました。

ここでコイツを殺せばスッキリするのか。
ここでコイツを殺したら、自分は自分を認め許せるのか。

たぶん完全にはスッキリしないし、許せはしないと思う。

だからこそ、あの龍がアイツに天罰を与えてくれて、僕はあのシーンで泣きじゃくりました。

龍は作中でスカーレットの行いを見ていた部分があります。
あんな風に、いつか僕の前にも龍が現れて、誰にも止められない大きな力でアイツに天罰を与えてくれたら、どんなにいいだろう。

その場しのぎの言葉とか、言い訳とか、うやむやにしようとした世界の中で、
明確に『コイツは悪だ』と天罰を下してくれたらと。

現実には起こり得ないだろうけど、でもせめて映画のスクリーンの中では、それを起こしてくれた。

あのときの妙なスッキリ感は、今でも時々僕を助けてくれます。

作中にスカーレットが聖くんの音楽に合わせて、現代の都会にワープしたかのようなシーンがあります。

ツイッターではあのシーンを否定する意見ばかり見られました。
僕はあのシーンを見て、(ああ、知っている感覚だ)と思いました。

というか、皆はああいう感覚を持っていないのか?と疑問が浮かびました。 

もしあの出来事が無ければ。
もし今の家族ではない、今の時代ではない、そんな場所に『ただの自分』としてポンと存在できたら。

きっとこの憎しみに黒くなった脳みそなんて存在しなくて、世界が白くてキラキラしてて、
僕は大好きな踊りをしていて、大好きな曲を大音量でかけて、縮こまることも人の目を気にすることもなく、両手を広げて歩けたら、そんなことがあったら、どれだけ幸せだろう。

そんな妄想を、わりとしょっちゅうするんです。

だからあのシーンは、そういうものとして観ていたし、嬉しく感じました。
心が開放されたら、そもそも閉ざされていなければ、存在したかもしれない世界。